東北の夏

投稿日:2012年8月12日 投稿者:sot

■まさに日本の夏休み

 

久しぶりに沿岸に行きました。盛岡から宮古行きのバスに揺られて。。夏らしい青い空、高く空を囲む山々、その合間をゆったりと流れる川、大きくうねる道路から眺める景色はまさに日本の夏、そして麦わら帽子の夏休みを感じさせるものです。こんなにも優しく美しい東北。震災から1年と5ヶ月。また多くの命を思う夏がやってきました。

 

今日は月命日。

 

東北の沿岸の多くの地域で黙祷が行われたことと思います。その時間に訪れた吉里吉里でも村のスピーカーから追悼の言葉が流れ、子供たちも大人も皆、黙祷を捧げました。皆さん心に沢山の人の顔や光景が浮かんだことでしょう。それは子供の小さな胸にも同じくよぎることなのです。

 

まだまだ復興は思うように進んでいません。被災地を訪れることだけでも、忘れないことだけでも東北の支えになるのだと東北の方は言ってくれます。

 

私たちの活動は、小さな点でしかありません。それ以上の事をする事ができないのです。本当のニーズなど離れている私たちには理解することができないのです。しかし、その一つの小さな点によって誰かが、いつか、何か、希望が生まれることがあるとすれば本当に嬉しいと思うのです。何もできていないじゃないかと思われることもあります。そうです。何かが今できていることなどありません。そう何もかもすぐ効果が出たり、役に立つことなどなかなかできるものではありません。

 

夏休みを利用して町の片付けをするボランティアの方々がいました。学生さんでしょうか。彼らのリピート率は少なく、繰り返し来る人は稀と聞きました。でもそれでもいいではありませんか。これからは、東北からも役に立たせてあげる事を積極的にしないとならないと思いました。どうせもう来ないから、点にしかならないから、そう言っていたら、誰も東北に申し訳なくて来れなくなってしまいます。東北の美しい景色が破壊されてしまいました。そのことを知ってもらうだけでも、震災を考えることだけでも、次の日本、そして東北のために役にたつのだと思うのです。

 

夜、田老の夢灯りに参加しました。とりどりに思いを込めた牛乳パックの灯籠を目指して、夜空でも間違いなく帰ってくることができたでしょう。大きな花火があがり、その華やかさとはうらはらな思いがよぎります。

 

今回の東北の夏の旅は、私の中に大きな変化をもたらしました。支援という言葉はもう相応しくないのです。支援ではなく共に考えることなのです。与えるということを双方がするべき時が来ました。それは物資とかお金のことではないのです。役に立ったという自尊心でもなく、奢りでもなく、素直に感謝をしたり、相手の話を聞き、良いことを受け入れたりすること、つまり相手を思う心をお互いに与えることなのです。それは通常の社会でも同じことです。批判や阻害や拒否からは何も生まれないのです。ただそれら全てのことを受け入れて尚且つ、道を選択し、活動を継続をしていく、それしかない、そんなことを考えさせられる旅でした。

 

そして「また戻っておいでね」と夜中までお付き合いいただいたお店のご夫婦の温かい心にも感謝をする旅でもありました。(代表 岡部泉)

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