夢のある大船渡黄金伝説

奥州市の金色堂の金箔を支えていたのは、大船渡の金山であったのではないかという伝説がある。そのコロンブスが求めていたジパングは黄金に輝く大船渡なのではないかという話もある。コロンブスは、サンタマリア号に乗り大船渡を目指す途中で新大陸を発見したという想定もされている。事実、今出山には金の採掘跡がある。金山を掘り当てた稲子沢長者の話は有名で、100 体の金の観音像、稲子沢観音を残している。また、大船渡市は、探検家セバスティアン・ビスカイノの縁 (cf. 1611 年) により、スペインのパロス・デ・ラ・フロンテラ市(アンダルシア州ウエルバ県)と姉妹都市提携している。ビスカイノは、日本近海にあると言われていた「金銀島」の調査をしていたと言われている。大船渡湾の別名である「サン・アンドレス湾」の名付け親でもある。いずれにしても、この黄金伝説は夢のある話として、注目したいと思う。
  • 大船渡は水産のまち

    主要な産業のひとつは水産業であり、市の沖合いには、「世界三大漁場」ともいわれる北西太平洋海域(三陸漁場)となっている。大船渡港は、岩手県内の最重要港湾であり、やはり大船渡の復興は水産業の復興と同意であると思われる。

    ケセン語

    ケセン語は、気仙地方独自の言葉であると大船渡の医師、山浦玄嗣氏が見なしており、ケセン語辞典も出版されている。確かにケセン語は日本語とも異なり、意味が通じない。しかし、アイヌ民族と同様に気仙地方は独自の言葉と文化をもっていたことを感じさせる。
  • 海と山の近いまち

    大船渡の町の印象としては、まず山が海に近く山が海に競り立つ印象である。山に入るとほとんど平地がなく、すぐにも海を見晴らすことができる。山間では小さな畑で野菜をつくり海際では、魚を採り加工している。昔から半農半漁の暮らしが多い地域であったことはこの地形からも察することができた。しかし、2011 年の震災ではこの海と山の高低差により被害の格差は明らかであっただろうが、深く切り込んだ湾の地形の特色から川を伝い相当な高さまで津波の跡が見受けられた。このように、大船渡の豊かな三陸の海は、暖流と寒流、そして近隣の山に育てられていることが実感できるのである。

    牡蠣の再利用、牡蠣殻漆喰

    広田湾の牡蠣は有名である。牡蠣の番屋で大量に消費される牡蠣の殻を漆喰の材料として再利用する工房がある。土佐でも漆喰は潮風に強い土壁風として使われている。ここ大船渡でも牡蠣の再利用として建物に使いたい。
  • 大船渡の手の仕事

    気仙大工、木彫など細かな細工を施す手の技術を持つ地域である。気仙大工は、陸前高田、大船渡などの気仙地方で腕をふるう大工集団なのである。その技術は長安寺の山門に見る事ができる。圧倒的な山門の大きさだけでなく、その細工のダイナミックな構成の見事さは東北随一ではないだろうか。またここ気仙地方には古くから獅子舞や鹿踊り、虎舞が盛んであり、その面をつくる彫刻師も多くいたと思われる。現在では少なくなったとはいえ、震災の際に津波によって傷ついた面を元の通りに修復する技術は残っている。獅子舞など祝い事には欠かせないものであり今でもその伝統はしっかりと受け継がれている。

    北限の椿、ゆず

    大船渡には自生の椿が多い。ここは椿の北限の地のようである。また、陸前高田には北限のゆずを栽培しようという農家がある。北のまちに赤と黄色の原色は明るい希望を与える。